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新社会人



そこから逃げ出すことは誰にでもできることさ
あきらめという名の傘じゃ雨はしのげない
何もかもが知らないうちに
形を変えてしまう前に


カロリーメイトのCM、ちょっと感動した。満島ひかりのパワフルボイスに記憶に訴える映像。

このCMの新人君、まさに昔の自分そのもの。オレをモデルにしたのか!?懐かしい。

社会人になったときって、先輩達とのギャップが大きくて自分が無力であることを思い知らされるよね。体力だけじゃなくて精神的に参るって感じ。

社会人になってからの数年間って苦しい反面、できたときの喜びも大きい。がんばれ、新社会人



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よく壊れた

最近はあまりドライブにも行かなくなって車のトラブルといえばバッテリー上がりくらいかな。故障しないのは品質がいいのか単にあまり乗らないからなのかわからない。

昔乗っていた車はよく故障した。半年毎に点検に出していたけどこんな感じで調子が悪くなった。

 ・パワーウィンドウが頻繁に動かなくなる
 ・オルタネーター(発電機)死亡
 ・プラグかコードが切れてシリンダーがひとつ動かない
 ・雨漏り
 ・ヘッドライト死亡
 ・エアコン死亡

走行中にタイミングベルトが切れて帰れなくなったこともあった。今考えるとひどい品質だなぁ。ちなみにこれでも日本車。ハズレを引いちゃったのかな。

今乗ってるのは同じくらいの値段の車だけど故障知らず。やっぱり壊れないっていいね。



初めてコンピュータを使ったのはいつ?

コンピュータが爆発的に普及したのはWindows95が発売され、インターネットの環境が整備されていった90年代の半ば以降だと思う。

これ以降にコンピュータを初めて使うようになった人はメールとかネットの閲覧とかワープロでの文書作成あたりが最初の主な用途だったんじゃないかな。

rthcjが初めてコンピュータに触れたのはパソコンが普及する以前の高校のとき。パソコンを持っている人はクラスに一人いるかいないかくらいの普及率で、使ったことある人は殆どいなかった。

用途はネットでもゲームでもなくて数学の体験学習だった。つまり文字通り電子計算機としての用途。

当時は学校に計算機室なんかがあるはずもなく、手書きでノートにプログラムを書いておいて、最後にコンピュータのある施設まで行って実際にプログラムを入力するという今からすると信じられないプアな環境。

いまのパソコンみたいにアイコンをクリックして使うという分かりやすいインターフェースじゃなくて、ファイルをコピーするのも削除するのもソフトを起動するのも全部コマンドを打ち込むやつ。GUIじゃなくてCUI。これがまた分かりにくい。そもそもファイルという概念がよく分かっていなかった。言葉で説明されても「何それ?」って感じ。

それで課題は連立一次方程式を解くプログラムを作ること。所謂ガウスの消去法というやつだけど、意義とかをちゃんと理解できたのは大学のときで、このときは手で計算すればすぐに答えがでるのに何でわざわざコンピュータに解かせるのか意味不明だった。

数回の授業で「コンピュータとは?」からBASICの文法とかガウスの消去法とかをコンピュータに全く触ったことない高校生に教えるんだから無理がある。

あっという間に挫折してしまった

ところが自分と同じくコンピュータを触ったことない生徒ばかりなのにガウスの消去法だけじゃなく正多面体を描画するプログラムまで作ってしまった連中がいた。まったく信じられない


このときの体験がもとでMacに出会うまでコンピュータがずっと嫌いだったよぉ



あれから○○年・・・

「10年後の8月」が今年の8月とは光陰矢の如しだね。この話題で思い出したのが中学の英語の教材にあった「After Twenty Years」という話。

ネットで調べるとこんな感じ。

~~

警官が夜の街の巡回中にある男を見つける。

In the doorway of a darkened hardware store a man leaned, with an unlighted cigar in his mouth. As the policeman walked up to him the man spoke up quickly.

"It's all right, officer," he said, reassuringly. "I'm just waiting for a friend. It's an appointment made twenty years ago. Sounds a little funny to you, doesn't it? Well, I'll explain if you'd like to make certain it's all straight. About that long ago there used to be a restaurant where this store stands--'Big Joe' Brady's restaurant."

"Until five years ago," said the policeman. "It was torn down then."

The man in the doorway struck a match and lit his cigar. The light showed a pale, square-jawed face with keen eyes, and a little white scar near his right eyebrow. His scarfpin was a large diamond, oddly set.

"Twenty years ago to-night," said the man, "I dined here at 'Big Joe' Brady's with Jimmy Wells, my best chum, and the finest chap in the world. He and I were raised here in New York, just like two brothers, together. I was eighteen and Jimmy was twenty. The next morning I was to start for the West to make my fortune. You couldn't have dragged Jimmy out of New York; he thought it was the only place on earth. Well, we agreed that night that we would meet here again exactly twenty years from that date and time, no matter what our conditions might be or from what distance we might have to come. We figured that in twenty years each of us ought to have our destiny worked out and our fortunes made, whatever they were going to be."

"It sounds pretty interesting," said the policeman.

立ち話が続く。

・・・・

"Good-night, sir," said the policeman, passing on along his beat, trying doors as he went.

警官が立ち去った後、別の男が現れて・・・

~~

最後のどんでん返しが印象的だったかな。記憶では"Good evening, sir,"と言って警官が先に話し掛けた気がするけど、どうも言っていないみたい。記憶違いかな。

'sir'という単語を初めて覚えたのがこの話だったと思う。単語と教材のセットで覚えている珍しいケースだね。

今でも英語の教材に使われているのかな?



今日は

昭和の日。ちょっと前までみどりの日だった気がするけど、いつの間にか昭和の日。wikiによると「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」のが趣旨らしい。

昭和60年代の生まれの人は平成生まれの人に年寄り扱いされたりするのかな。20代から80代まで幅ひろくいるのが昭和生まれで、最後の方に生まれた人は若いのにイメージ的には若くないとなってしまいそう。何だか可愛そうだ。

ある方のブログで昭和天皇崩御の記事を読んで当時を思い出した。ちょっと昭和の最後を顧みてみよう。

記憶が確かなら昭和天皇の体調が悪化してから(今と被るけど)世の中自粛ブームになった。当時はバブルの最中でイケイケな世相だったけど、イベントが地味になったりした。

年が明けて正月休みが終わった頃に天皇が崩御。確か2日間喪に服すということになった。それが丁度土日に重なって社会的な混乱は無かった。

アナウンサーが黒い衣装でTVに出ていたり、お悔やみの言葉で溢れていたりでちょっと異様な感じがした。記憶の中ではこの時期の日本には言論の自由は無かった。


この時期に都内の某所を歩いていたら、偶然に機動隊の車と機動隊員の集団に出くわした。どうも学生のデモ行進があるらしい。デモなんてTVの中でしか見たこと無かったから、不謹慎ながら興味津々で見学することにした。

機動隊とデモ隊が対峙して、学生が火炎瓶を投げて機動隊が催涙弾で応酬みたいなのをイメージしていた。

機動隊がマイクで「違法なデモを排除します!」と叫んでいた。何処にデモ隊がいるのか探したけど???だった。イメージではデモ隊は数百人くらいが旗とか持って行進しているけど、そんな人達はいない。

近くを10人くらい(もっと少なかったかも)の学生が歩き出した。これがデモ隊? 少なすぎじゃね? という感じで拍子抜けしてたら機動隊がワンサカ出てきて彼らをバラバラにして学生1人に対して機動隊員が4人くらいで囲んだ。

そこから先が超びっくり。なんと丸腰の学生を機動隊員が囲んで取り押さえて警棒でボコボコに殴りだした。刑事ドラマで刑事が犯人を取り押さえるような感じじゃなくて、起き上がれないように押さえるつける隊員と警棒で殴る隊員とが役割分担してリンチしている感じというか、まさにリンチ。

今までの人生でみた暴力シーンではNo1の衝撃。プロレスの場外乱闘の比では無かった。後遺症が残っても不思議じゃないレベル。

TVとか新聞で報道されるかと思ったら全くなし(気が付かなかっただけかもしれないけど)。デモと呼べるような規模じゃ無かったからかな。

当時は学生運動なんて皆無だったと思うけど、当時の警察は学生運動対策を経験した世代がまだまだ現役だったはず。どんな些細なデモも許さん!強い姿勢で臨まねばならん!という意識だったのかもね。


若きrthcjは、日本には深い闇がある、大人は信用できない、と強く感じた。当時と比べて日本の民主主義は醸成したのかな? そうでもないかな?



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